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プラスであると共にマイナスなもの、彼を一応音楽家たらしめているが大音楽家たらしめぬ、というような矛盾がふくまれていることを感じます。例えば作品や技法の上で新しいものを追求しようという熱心さと、その新しいものの質の探求や新しさの発生の根源を人類の生活の歴史の流れの只中から見出そうとするような思想の規模との間に、具体的な矛盾があるとも思われます。芸術至上主義ととなりあわせて極めて卑俗な楽壇世渡り、社交性が、芸術家に必要な社会性とすりかえられて並んでいます。俳優の生活は旧套の中から既に舞台芸術家として、新しい生活方法に入っている前進座のような実例がありますが、音楽家には、ここで俳優と並べて云うことさえ無礼であると感じられるような、遅れた自尊心、個人的な見解が強くのこっているのではないでしょうか。
 芸術の成果と芸術家の日々の生き方の問題が切実にとりあげ直されても無駄ではないのでしょう。文学は常に、文章道の末枝へ墜落する危険を一方に目撃しつつ、一方にそれとたたかい、批判してゆく力を内部的に包含しています。音楽が風や濤声や木々の葉ずれのような自然現象ではなくて、社会生活を営む人間の声であることが深く深く理解され、身をもって経験されて、はじめて将来の音楽発展への希望の土台も与えられる訳です。

「さあ」
と曖昧に薄笑いしたぎり、必要な答えは与えない。傍でそれを観ると、やや老いかけた農夫の方が、生活力の素朴な感じの点で、青年である大学生よりずっと青年らしくあった。恐らく知識慾の上でも職業学生より、彼が活溌なのではあるまいか? そのような感情をもって観ていると、人のよい農夫は、自分の農夫であることや、無智であることを自覚し、学生に対して常にひかえ目であるのだが、どうしても衷心からの動きを制しかねた風で半ば独言のように云った。
「それでもはあ、民衆一体の仕合わせを目あてにしてやっているちゅうのは嘘でなかっぺえな――支那の奴等も目醒めて来たんだない」
 目醒めて来たとは、ブラボー! 何と目醒めた爺さんであることよ。私は思わず破顔しその予想もしない斬新な表現で一層照された二人の学生の近代人的神経質さにも微笑した。然し――私は堅い三等のベンチの上で揺られながら考えた。この四角い帽子をいただいた二つの頭は、果して新しき老農夫を満足し啓蒙するだけの知識をもっていながら、彼等が余りエレガントであるために只ああやって蒼白き微笑のみで答えたのか。または、大きな声では云えないが、頭はただきれいに分けた髪の毛の台に過ぎないので、ああやって無気力な薄笑いを反射させただけなのか……
 学生からまとまった数言をききたがっていた農夫も、やがて同じような謎に捕われたと見え、口を利くのをやめた。彼は窓の方へ再び向きなおった。刻み目の粗い田舎の顔の上へ、車窓をとび過る若葉照りが初夏らしく映った。

子供の日にちなんで、五月二日の朝日新聞「天声人語」に「ケティを救え」の物語がのっていた。四月八日の午後、カリフォルニア州サン・マリノ町であき地に遊んでいたケティという三つの女の児が、草むらにかくれていた古井戸へおっこちた。サン・マリノのその古井戸は、日本の古井戸のようにはしごで人がなかへ降りてゆくことはできなかったとみえて、三十六メートルの底におちたケティのために、新鮮な空気をおくりながら、古井戸に沿って三日間タテ穴をほりつづけた。人々がやっとケティのところに行けたとき、幼いケティは死んでいた。「天声人語」がとりあげて語るところは、この一人の幼児の生命のためにサン・マリノの全住民がケティを救えと協力したばかりでなく、ラジオを通じてほとんど全米の注意がケティの安否に向けられた点だった。人の命を荒っぽく扱うにならされた日本のすべての人が、ひとの命、自分の命の尊厳を知ること。人間同士にそくいんの情をもつこと。その心がつちかわれないなら日本の民主化とか平和への希望というものは根をもたないことを強調していた。これは、吉村隊の惨虐を筆頭として、それに類する数々の軍国主義教育の荒々しさ、殺戮性への抗議として読者の心にアッピールした。平気でバサリとやる馘首も、惨澹たる生存威嚇であるという事実にまで思い及んで。――